地質調査日誌2/22 渋沢丘陵

2月22日、土曜日。晴れ。

今日は相模原地質研究会の皆さんと一緒に秦野市の渋沢鉱山跡と震生湖へ調査に出かけました。渋沢鉱山は昭和10〜20年頃に石膏を採掘してました。震生湖は大正時代の関東大震災の時の崖崩れにより川が塞き止められてできました。

渋沢鉱山跡にはこのような坑口が3箇所ほど残っています。

坑口付近は石英の多い白っぽい岩石で、写真では小さすぎて見えませんが小さな黄鉄鉱の結晶をたくさん含んでいます。

震生湖へ向かう途中、渋沢丘陵からは秦野盆地と丹沢山地がきれいに見えました。

梅の花が咲いていました。風も冷たく、まだまだ寒い日が続いていますが、春は近づいています。

「震生湖」のバス停近くにあった関東大震災で亡くなられた方の供養塔です。

川が塞き止められてできたが震生湖ですが、谷地形は残っているものの水は流れていません。湖に流れ込む川はありません。

写真中央の石組のあたりで川が塞き止められました。今は駐車場になっています。

調査のために寺田寅彦も震生湖を訪れています。そのとき詠んだ句が句碑になっています。

秦野駅周辺には湧水がたくさんあるのですが、時間が無くて訪れることができませんでした。いずれ訪れてみたいです。

(地質担当学芸員 河尻)

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