南リアス線が走った

博物館と関係のない話題で恐縮です。

今朝、たまたまTVのニュースを見ていて、目が釘付けになりました。「三陸鉄道南リアス線、盛駅と吉浜駅の間が運行再開」とのアナウンサーの声、そして、再開を喜ぶ被災地のみなさんの明るい表情。胸が一杯になってしまいました。

私は、相模原市と友好都市関係にある岩手県大船渡市への支援隊の一員として、2011年3月19日から24日まで、同市へ派遣されていました。ライフラインがすべて止まった状態の私たちの宿舎は、南リアス線とドラゴンレール(JR大船渡線)の接続駅、盛(さかり)駅に近く、線路のすぐ西側、津波がギリギリで到達しなかった公共施設の一室でした。寝泊まりしていた部屋の窓のすぐ下が、1階を津波にメチャメチャにされた家々でした。

到着した日の夕方見た、盛駅から数百メートル南側の風景です。

踏切もなぎ倒され、線路にはありとあらゆる物が乗り上げていました。

あり得ない光景に言葉を失いました。盛駅への目抜き通りです。

さらに北へ、旧三陸町越喜来地区の光景は、凄惨を極めました。学校、鉄道、旧町役場といった地域社会を象徴する施設が、すべて津波にのみ込まれていたのです。この風景が被災地のみなさんに与える精神的なダメージを思うと、胸をかきむしられるような気分になりました。下の写真の右側の建物が、旧町役場、現在の大船渡市役所三陸支所です。この建物のすぐ後ろを南リアス線は通っています。

正直言って、2年という期間で復旧するとは考えてもいませんでした。盛駅から釜石駅まで、一日たったの7往復での再開とのことです。でも、その7往復に込められた地元のみなさんの願いや期待に思い巡らすと、ただただ、よかった、という気持ちしかありません。地震から1週間経ち、呆然としながらも粛々と片付けをされていた被災地のみなさんの、たくさんの顔を思い出します。列車の走行音や汽笛をきいて今、どんな表情をされているのでしょうか。

(生物担当学芸員 秋山)

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