「写真で見る相模原~昭和・平成の生活と民俗~」(No88 どんど焼き・団子焼き③)

これまで本ブログでは、市内のさまざまの地区の写真を紹介してきましたが、津久井地域は合併以前のものはほとんどなく、保管している写真も多くは平成20年前後以降となります。その中でもどんど焼きについては、多くの地区をお伺いして撮影させていただきました。今回は、津久井地域(すべて緑区)の特徴的などんど焼きを取り上げます。

最初の写真は川尻(かわしり)・城北(じょうほく)地区で、かつては集落単位でしたが一か所にまとめて行うようになり、燃やすものも非常に大きく二つ作っています(平成21年[2009]1月12日撮影)。次の写真は中沢地区で、午後五時の点火を、その年に12歳になる年男年女の子どもたちが行います(平成21年[2009]1月12日)。                   

 

次の写真は三ケ木(みかげ)新宿地区で、畑の中で朝方に団子を焼きます。この地区は、セーノカミの石と言われる石塔を正月飾りとともに燃やしており、二枚目の写真の左側下に石が見えています。また、かつて道祖神の石を燃したという地区はほかにも確認されますが、ここでは「団子焼きだい、丸焼けだい、道祖神の丸焼けだい」という囃子(はやし)言葉を唱えたというのも注目されます(平成29年[2017]1月8日)。                 

 

また、与瀬(よせ)・横道(よこみち)地区では、穴の開いた自然石を燃やしてすぐ取り出します。写真は、火に投じる直前に用意されているところです(平成23年[2011]1月8日)。                 

 

前回も紹介した道祖神の石仏を覆うように小屋を作るところが寸沢嵐(すわらし)・道志地区です。どんど焼きの当日にイエと呼ばれる新しい小屋を作り、前年に作ったイエを壊して燃やしながら団子を焼きます。最初の写真は古いものを壊しているところで、二枚目が完成したその年のイエです。市内ではほかにも中央区田名などに小屋を作る集落があり、この道志では別の地区でも小屋が作られています(平成21年[2009]1月16日)。                 

 

最後の写真は青野原の嵐・下原・上原地区で、この地区では行事をセーノカミと呼び、点火前に地区の道祖神の石仏に酒を供えてお参りします。そして、道祖神の幟(のぼり)があり、団子を焼くそばに幟を立てます。神奈川県内西部には道祖神の幟が見られ、市内では南区上新戸(かみしんど)にも幟がありますがほかには確認できず、珍しいものです(平成29年[2017]1月7日)。                 

 

以上のように、津久井地域でも興味深いどんど焼きが行われています。津久井地域の状況は前回紹介した「博物館の窓」の「民俗の窓」欄とともに、旧津久井町については『津久井町史文化遺産編』でも現状や伝承が取り上げられていますので、関心のある方はご覧いただければと思います。『津久井町史文化遺産編』は博物館や図書館などで閲覧できます。

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