【お知らせ】1月13日から当面の間休館となります

新型コロナウイルス感染症拡大に伴い、相模原市立博物館・尾崎咢堂記念館・吉野宿ふじやは1月13日(水)から当面の間、休館します。

1月9日朝の相模原市立博物館

1月9日~11日は予定どおり開館し、12日(火)は祝日の翌日のため休館となります。
休館に伴い、今月予定されていたプラネタリウム寄席ほしぞら亭(1月17日)、生きものミニサロン(1月23日)も中止となります。
休館中も学芸員を含め職員は館内、あるいはリモートワークで業務を行っており、電話や電子メール、FAXでのお問い合わせなどには対応いたします。また、このブログページもこれまでどおり様々な情報発信を行っていきます。
今後の予定なども随時発信していきますので、引き続きTwitterやホームページと併せてご覧ください。
博物館のご利用を予定されていた皆様にはご迷惑をおかけいたしますが、ご理解とご協力をお願いいたします。

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トモエガモの多い冬

市内南区の横浜市水道局相模原沈殿池は、冬になるとカモ類などの水鳥が多く集まる場所として知られています。かつては千羽を超えるカモが集まっていましたが、近年はオオタカやハヤブサなどの猛禽類も頻繁に現れるようになったためか、数が少なくなっています。そんな中ですが、今年はちょっと珍しいお客さんがやってきています。

相模原沈殿池に飛来したトモエガモ(両側がオスで、中央がメス)

トモエガモです。顔の模様が複雑で、巴(ともえ)模様に見立てられたのでしょう。西日本の日本海側や、千葉県の北部などで数千羽が集まることが知られていますが、関東地方南部では珍しい種類です。しかし今年は相模原沈殿池だけでなく、近隣の都市公園の池などにも飛来しています。下の写真は、座間市の公園の池に飛来した時のものです。

座間市の公園に飛来したトモエガモ

ここでは、池のほとりに上陸して、コナラのドングリを食べていました。

ドングリを食べに陸へ上がったトモエガモ

トモエガモの飛来記録が多い今年の冬ですが、こうした渡り鳥の数が増えたからと言って喜ぶのは早計です。というのも、トモエガモ全体が増加したとは限らないからです。何らかの理由で、それまで集結していた場所から分散しただけかもしれないのです。
野生生物の世界では毎年のようにこうしたトピックがあり、全国の情報から目が離せません。

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1月星空情報①

みなさん、年末年始はいかがお過ごしでしたでしょうか。
今回はいつものようにお出かけしたり、人と会ったり出来なかったかもしれませんね。
新型コロナウイルスが落ち着くまでは、素敵な星空や天文現象との出会いに期待しましょう。

季節は冬真っ只中ですが、宵の頃、西寄りの空には、まだ秋の星空が見えています。
昨年10月に「準大接近」した火星が、秋の星座のうお座から冬の星座のおひつじ座へ移動中です。地球に一番近づいた時は-2.6等級まで明るくなりました。1月はまだ0等級の明るさで見えています。私たちがあと十数回、新年を迎える頃には、人類はあの赤い星に降り立っているかもしれないと思って見てみると、少し特別な天体に感じます。

準大接近の火星
(撮影:2020年10月 相模原市立博物館)

 

南から東にかけては、冬の星空が広がっています。
冬の星空は1等星がたくさんあってとても賑やかです。
(1月の星空)

特に目立つ星の並びは、12月星空情報①でご紹介した赤く輝くベテルギウスと
青白いリゲルの2つの1等星を持つオリオン座です。

オリオン座
(撮影:当館プラネタリウム解説員)

 

今回はこのオリオン座を目印にして、ひとつ星座をご紹介します。
星座の絵では、オリオンは右手に棍棒(こんぼう)を振り上げています。
オリオンの見つめる先には…

冬の星空 + 星座絵 [提供:いらすとや]
(撮影:2019年12月 相模原市内)

ちょうど今年の十二支の動物がいました。
右目にオレンジ色の1等星アルデバランを持つおうし座です。
おうし座が見つかったら、その中にある冬の夜空を飾る有名な「プレアデス星団」を
探してみましょう。

おうし座
(撮影:2019年12月 相模原市内)

みなさんには「すばる」の名のほうがお馴染みかもしれませんね。
プレアデス星団は、130個ほどの星が集まった「散開星団」という星の集まりです。

プレアデス星団
(撮影:相模原市立博物館天文クラブ)

空の暗い場所でしたら、おうし座の肩の辺りに、ごちゃごちゃっと4~6個の星たちが
肉眼でもわかります。
宵の空では、空のとても高いところ、頭の真上付近に見えていますので、
新年早々、首を痛めないように気を付けながら、
すばるに何個の星が見えるかチャレンジしてみてください。

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「写真で見る相模原~昭和・平成の生活と民俗~」(No41・七草とアワボヒエボ)

前回は新年の仕事始めに関わる行事を取り上げましたが、今回まず最初に紹介するのは正月7日朝に行われることが多かった(家によっては6日夜)七草です。

6日の晩か7日に神棚の前で、道や土手等で摘んできたナズナやセリなどの草をまな板の上に載せ、すりこ木や包丁などで叩きます。この時、「七草なずな、トウドの鳥が渡らぬ先に、ストトン、トン、トン」などの唱え事を言いました。そして、7日朝に七草粥を作り、神仏に供えてから家族で食べました。
なお、春の七草と言いますがすべてを揃えるわけではなく、ナズナやセリのほかは、大根などの自家で作った野菜を入れた粥のことも多かったようです。写真は南区上鶴間本町で、手前のこねばちには野菜があり、この家では6日夜に野菜を叩きました(平成2年1990]1月・文化財記録映画『続・相模原の年中行事』での撮影)。

14日に行われたのがアワボヒエボで、畑の肥料となる堆肥の天地返しをした後に、雑穀の粟(あわ)と稗(ひえ)の穂に見立てたものを積んだ堆肥の上に刺しました。写真は七草を撮影させていただいたのと同じ家で、竹を割って大きくしならせた先に、10㎝ほどに伐って穂に見立てたニワトコの木を付けて飾りました(同上撮影)。

アワボヒエボは別の日に行う地区もあり、前回、ウナイゾメを紹介した緑区相原のお宅では、11日にウナイゾメとともにヤマからヌルデの木を伐ってきてアワボヒエボを作りました。これを16日に竹の先に付け、11日朝にウナイゾメをした畑に立てました。
写真はいずれも昭和63年(1988)1月16日撮影で、一枚目が15本に伐ったアワボヒエボ、次が五本に割った竹先へのアワボヒエボの取り付け(伐ったヌルデを全部竹には付けません)、最後が畑に供えているところです。

アワボヒエボは、竹の先に付けられたものをたくさん実った粟や稗として、このように今年も作物が豊作であるように祈るものですが、このほかに繭がよくできるように願って作ったものに繭玉団子があります。次回はさまざまな地区の繭玉飾りを取り上げます。

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仕事始めにお年玉

令和3年1月5日、博物館は仕事始めとなりました。
新型コロナウイルスの感染拡大の状況が続く中ですが、新年も博物館では感染防止対策を行いつつ開館しています。
さて、市民の皆様から、年末年始休館の間にたまっていたお問い合わせや相談などが寄せられるということもあり、毎年仕事始めの日にはそうした対応が多くなります。その中には耳寄りな情報や興味深い資料のお持ち込みなどがあり、職員の間では“お年玉”と呼んでいます。今年もありました。

形や模様のわかりやすいものを選んで並べたところ

市内南区にお住まいの方が、庭に大量の鳥の羽根が落ちていたと持ち込んでこられました。上の写真はその一部で、実際はビニール袋にいっぱいありました。
これは、ヤマシギという鳥の羽根です。上の写真は翼の風切羽(かざきりばね)や尾羽、体羽の一部を並べたものですが、決め手は下の尾羽です。

尾羽(左が上面、右が下面)

左が上面側、右がその裏の下面側です。先端に真っ白な部分があり、とても特徴的です。
これだけ大量に羽根が落ちているということは、これはタカ(おそらくオオタカ)が捕らえたヤマシギの羽根をそこでむしり取り、運びやすくして食事場所へ持ち去ったのでしょう。
ヤマシギは相模原市内では、樹木の多い場所で越冬する冬鳥ですが、基本的に夜行性で目につきにくく、なかなか生息状況をつかめません。下の写真は横浜市内で撮影した個体です。シギの仲間だけに嘴(くちばし)は長いのですが、これは落ち葉や土の中を探るためで、水辺ではなく森の中で生活します。

ヤマシギ(以前撮影したもの)

残念ながら、タカの餌食になってしまいましたが、羽根は南区のその場所に飛来していたことを示す貴重な資料です。採集データと共に、博物館へのお年玉としてご提供いただきました。
今年もこうした資料をどんどんと集めていこうと思います。

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「写真で見る相模原~昭和・平成の生活と民俗~」(No40・仕事始め)

 明けましておめでとうございます。今年もこの職員ブログともども博物館をよろしくお願い申し上げます。

 正月三が日が過ぎると、さまざまな仕事が始まっていきます。市内でかつて広く見られたのが4日のヤマイリ(ヤマハジメ)で、その年初めてヤマ(平地林の雑木林)に入り、堆肥用の落ち葉を取ったり、薪を伐って囲炉裏で燃やしたりしました。
 写真は南区古淵で、お神酒を入れた竹筒と紙垂(しで)を供えています(昭和60年[1985]1月4日撮影)。

                  

                  

 11日も仕事始めとして、縄ないをする日でした。これも南区古淵の同じ家で撮影させていただいたもので、大きな臼の上で藁を柔らかくするために槌(つち)で叩いています。
 縄ないはなるべく朝早く行い、養蚕に用いる桑の木の枝を束ねるスゲーと呼ばれる縄を作りました(同年1月11日。以下の四枚の写真はすべて同日撮影)。なお、早く正月2日に縄ないをすることもありました。

                  

                  

 同じく11日に行われたのが、その年に初めて畑を耕すウナイゾメ(ウナイハジメ)です。その年の良いといわれる方向に向かって畑を鍬で少し耕し、酒や米などを供えて五穀豊穣を祈ります。
 次の写真の上は緑区相原で、ここでは順に三鍬ずつ三回耕し、下は古淵のヤマイリなどを紹介したのと同じ家で、耕したところで拝礼しています。

                  

                  

 そして、使った鍬を洗って酒や米をお供えすることがあり、写真は緑区大島です(昭和61年[1986]1月11日)が、大晦日にこうした鍬や鎌などの農具をきれいにして供え物をする地区もありました。

                  

 正月は日を追ってさまざまな行事があり、これからしばらく紹介していきたいと思います。

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お知らせ プラネタリウム寄席の中止について

来年1月17日(日)に予定しておりましたプラネタリウム寄席「ほしぞら亭」は、新型コロナウイルス感染拡大状況を考慮し、中止といたします。楽しみにしていた皆様には大変申し訳ありませんが、ご理解いただきますようよろしくお願いします。

通常のプラネタリウム番組につきましては、当面は予定どおり上映いたします。
そのほかの博物館のイベント等の予定につきましては、博物館ホームページに随時掲載して参りますのでそちらもぜひご覧ください。

※相模原市立博物館は12月28日(月)~1月4日(月)、年末年始休館となります。

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冬のシジミチョウ

12月23日、お昼休みに博物館お隣の樹林地を歩いていると、ネズミモチの葉の上に何か青いものが止まっているのが見えました。

ムラサキシジミ

ムラサキシジミです。日向ぼっこをしています。
このシジミチョウは、真冬も晴れていればこうして日向ぼっこをします。さすがにこの寒さでは動きも鈍いだろうと近づくと、パッと飛び去ってしまいました。太陽のパワーで元気に飛べたようです。上の写真は1枚だけ撮れたものをトリミング(切り抜き)してあります。

ムラサキシジミは樹木の多い場所ならどこにでも見られます。春から秋に見られる幼虫はアリを手なずけて防衛隊を作るという、ちょっと変わった習性を持っています。身近なところにも自然の不思議がいろいろとありますね!

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シリーズ「相模原ふるさといろはかるた」でみる名所紹介 25 ゐ

今もなお 絹の道たどる 横浜線

 東京都八王子駅と神奈川県東神奈川駅間を走るJR横浜線の歴史は古く、明治41年(1908)に私鉄の横浜鉄道として開通しました(その後、大正6年[1917]に国鉄に編入)。

ちなみに開業当初から市内にあったのは橋本駅と淵野辺駅で、このほかの相模原駅は昭和16年(1941)、同25年(1950)に矢部駅、同63年(1988)には古淵駅が開業しました。

次の写真は、上が開業当初の淵野辺駅、下が昭和初期の橋本駅です。

読み札に「絹の道」とあるように、横浜鉄道は織物をはじめ養蚕・製糸の集積地であった八王子と開港地横浜を結び、生糸を輸送することを大きな目的として敷設されました。

ちなみに「絹の道」と言うと、現在では八王子市鑓水(やりみず)地区に残る道筋が有名ですが、これは近年の通称で特定の道があったわけではなく、鉄道開通以前は多くの道を通って横浜まで生糸や繭が運ばれました。

写真は、現在でもかつての様相を残す「絹の道」です(八王子市鑓水。道の名称は神奈川往還あるいは浜街道とも呼ばれました)。

 

そして、下の地図は、相模原地域の以前の主要な道を記したものですが、横浜線は「八王子道」「神奈川往還」と呼ばれた道に沿うように走っており、まさに八王子と横浜をつなぐ「絹の道たどる」路線であったことが分かります(出典・博物館特別展図録『“道”再発見―道の役割とその移りかわり―』)。

 

このように市内及び周辺地域の歴史や文化は、養蚕や製糸等を抜きにして捉えることはできません。博物館にも養蚕の展示や本などの資料がたくさんあり、見学したり調べたりできます。興味のある方は是非ご来館ください(写真は、上・製糸の道具、下・養蚕の信仰等)。

 

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「写真で見る相模原~昭和・平成の生活と民俗~」(No39・年神様の棚)

前回は、文化財記録映画「続・相模原の年中行事」に収録された正月準備としてしめ縄作りも紹介しましたが、もちろん映画以外にも正月飾りの写真を各地で撮影しています。

次の五枚の写真は昭和60年(1985)12月30日に中央区田名で、さまざまな形のしめ縄を作って実際に取り付けるまでを撮影させていただきました。まず神棚用のものを作り、それを飾ったところです。

お飾りは多くの神仏に供え、写真では玄関や井戸に取り付けています。

家の中の神棚とは別に、正月を迎えるに当たり年神を祀るための臨時の棚が作られることがあり、その年の縁起の良い方向である恵方(えほう)の方向に作ったり、その方向に年神の棚を向けたりしました。次の写真も、やはり田名の同じ家の年神棚です。

そして、市内では叺(かます)を年神棚に敷くことがあり、叺は藁むしろを二つに折り左右両端を縄でつづったもので、米麦などの穀物や肥料などを入れるのに使いました。年神棚に叺を使うことは、特に津久井地域から相模原地域にかけて見られ、県内の他の地域からの報告はあまりないことが知られています。

次の写真は年神棚を飾っているところで、叺が敷かれているのがよく分かります(昭和60年[1985]12月12日・緑区大島)。また、下の写真の緑区相原では、神棚の前側に年神棚を吊るしていますが、太いしめ縄とともに叺があるのが分かります(昭和60年[1985]12月26日・緑区相原)。

こうして正月飾りや餅つきも終わり、来るべき新たな年を迎える準備が整いました。この職員ブログ「写真で見る相模原~昭和・平成の生活と民俗~」も今年は本欄が最後となります。お読みいただき、まことにありがとうございました。来年もさまざまな内容の写真を取り上げますので、よろしくお願い申し上げます。

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