シリーズ「相模原ふるさといろはかるた」でみる名所紹介㊹ ㋪ヒバリ アジサイ

ヒバリ アジサイ 相模原市の 鳥と花  (ひばり  あじさい さがみはらしの とりとはな)

 

相模原市の鳥「ヒバリ」と花「アジサイ」は、相模原市の防災同報無線「ひばり放送」や、あじさい会館(相模原市中央区富士見)などの名称でも親しまれる、市のシンボルです。昭和49年に市制20周年を記念して制定され、選定理由として、ヒバリは「元気よくさえずる声は躍進する相模原市を象徴」、アジサイは「緑と太陽のまちにふさわしい市の風土に適したもの」とされ、絵札のようにマンホールぶたの絵柄にもなっています。
ヒバリを市の鳥に選んだことは、河岸段丘面の開けた台地上にまちが形成された相模原市の自然を象徴しており、とても理にかなっています。

ヒバリ

現在は市街化されて分布も限られてきていますが、それでも相模川に沿った農地などでには数多く生息し、ちょうど今くらいの季節から、晴れた日には美しい歌声をきかせてくれています。上の写真のようにオスは地面でもさえずりますが、やはりヒバリと言えば、上空でさえずる姿がしっくりきます。

青空をバックにさえずるヒバリ

ヒバリは、羽色は草原に溶け込む保護色のためにちょっと地味ですが、特徴的な外見なのは、親指の爪です。下の写真の矢印の部分を見るとわかるように、とても長い爪を持っています。

とても長い、ヒバリの親指の爪

今年、初めてのヒバリのさえずりはいつ、どこで聞くことができるでしょうか。楽しみですね。

アジサイは市内の公園や街路樹の植込みなどで見ることができます。

アジサイ

しかし、ここではあえて、野生のアジサイも紹介したいと思います。こちらはタマアジサイです。緑区の山地の登山道沿いなどで見られ、夏から秋まで長く咲きます。上のアジサイは装飾花という目立つ花弁のある花の集合花ですが、タマアジサイは装飾花は外側に数個が咲くだけで、内側に両性花が咲きます。じつは、野生のアジサイの多くがこのような花の構造です。

タマアジサイ

こちらはコアジサイです。コアジサイも、山地の林内で咲きます。目立つ装飾花はありませんが、おしべと小さな花弁が集合した星が瞬いているようにも見えて、とてもかわいらしい花です。

コアジサイ

華やかさはあまりないのですが、可憐な野生のアジサイもぜひお楽しみください。

*このかるたは当館のボランティア「市民学芸員」が2017年に制作したものです。
*このかるたは相模原市立博物館の開館日に閲覧・貸出し可能です。(貸出しは要予約)
*貸出し詳細やかるたに関心のある方は、博物館までご連絡下さい(042-750-8030)。
*貸出し使用時には感染症予防のため、事前・事後の手洗い・消毒を必ず行って下さい。

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考古企画展のうらがわ

今回は、ただいま特別展示室で好評開催中の考古企画展!「古代相模原台地の開発」の裏側をご紹介していきたいと思います。考古企画展は、学芸員だけではなく、市民ボランティアのみなさんと一緒に展示作業を行っています。

2人1組でパネル作り

解説文や写真を印刷したら、糊付パネルに大きさを合わせて、丁寧に貼っていきます。みなさん慣れた手つきで次々と貼っていきます。

展示する部分を慎重にカットします

上下を合わせてそっと貼り合わせます

パネルの準備が出来たら、次はいよいよ展示室での作業です。パネルや展示品のおよその位置は事前にレイアウト図で決めてはいますが、展示室はとっても広いので、パネルの大きさや貼る位置を実際に置いてみて、見やすい場所を確認します。

大体の位置にパネルを置いて場所を確認します

まだ空の展示ケースですが、どんな風に展示されるのでしょうか。

展示されるのを待つ収蔵品たちが作業を見守ります

展示室の壁に貼るパネルや年表も、一定の高さで貼っていきます。学芸員が配置したパネル類を市民ボランティアのみなさんで意見を出し合いながら見やすい間隔を考えて貼っていきます。

この位置ならわかりやすいかな?

約1か月半の展示期間中、剥がれないようにしっかり壁に打ち込みます

 

展示ケースの中でも作業開始!

 

学芸員の助言を受け、貼り付けていきます

さぁ、これで解説や地図、写真のパネルが無事貼り終わりました。

パネルを貼り終えたら、学芸員が展示品を慎重に並べて最後の仕上げです

展示台からの景色 展示物からみた室内の様子をちょっと覗いてみましょう

さて、この先はみなさんもご存じの通り、展示品のそばに簡単な説明や名前などのキャプションを並べて、展示作業は終了になります。すでに企画展をご覧になった方も、これから始めてご覧になられる方も、企画展の裏側を知るとまた展示の見方も変わってくるでしょうか。

考古企画展は令和4年3月13日(日)まで開催されていますので、ぜひ何度でもお越しくださいね。足を運んで頂くたびに新しい発見があるかもしれません。

なお、考古企画展のギャラリートークを2月27日(日)、3月13日(日)に開催します。いずれも午後2時から30分程度です。こちらもお気軽にご参加ください。

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「写真で見る相模原~昭和・平成の生活と民俗~」(No92 相模川の砂利取りと蛇籠)

市内を流れる相模川は県内最大の河川です。相模川で川漁が盛んに行われていたことは、本ブログNo.9~11で鵜飼い(うかい)なども含めて紹介しました。

次の写真は、中央区田名での砂利(じゃり)ふるいの様子です(昭和62年[1987]10月26日撮影)。東京などの都市化に応じて、コンクリートの材料となる砂利を取ることは、明治から昭和にかけて各地で行われました。そして、大規模な機械掘りになる以前は、相模川沿いに住む人々によって手掘りの砂利採取が行われ、冬場の現金稼ぎになっていました。

最初の二枚の写真は「岡ぶるい」です。河川敷の砂と砂利などを、万石(まんごく)と呼ぶ道具で選別するもので、砂など混ざったものを網の上に掛けて振るい分けていきます。ちなみに農具にも米や麦を選別する万石がありますが、それとは別のものです。                                   

 

次の写真は「川ぶるい(水ぶるい)」で、直接川の中に入り、鋤簾(じょれん)で砂利をすくって川底の砂利を振るいます。水で洗われたきれいな砂利が取れたことから、高く売れたと言います。                                   

 

川は魚や砂利を取るなど、人々に恵みを与えるばかりではなく、災いをもたらす存在でもありました。その大きなものが洪水で、田畑や人家が水をかぶったり、押し寄せる水で堤防がいたむこともありました。

次の写真は、南区新戸河原地区で蛇籠(じゃかご)を作っています(平成2年[1990]6月26日・8月7日)。竹を粗く長円形に編んで中に石を詰めた蛇籠は、大蛇が伏せている形に似ているところからその名があります。川の岸に杭(くい)を打ち、蛇籠を並べて置いて堤防などを水からまもりました。

一枚目の写真は蛇籠を作っているところ、二枚目は出来上がった蛇籠で、三・四枚目は石を詰めています。石はたくさん必要で、中でくずれないように詰めていきます。                                   

 

今回紹介した砂利採取や蛇籠作りは、このブログで紹介してきたほかの行事や作業と同様に、当時でもすでに経験された方はかなり少なくなっており、いずれもしばらく振りに再現していただいて撮影することができました。

市内のなかでも相模原地域は台地上に広がり、水に乏しい地区と言われますが、こうした川辺でのさまざまな生活や民俗も営まれていたのです。

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早春の河原

2月16日、緑区の相模川の河原へ行きました。河川敷のあちこちで、梅が満開となっていました。

ウメの花 木全体としては満開でしたが、枝先にはまだつぼみもあり、しばらく花が楽しめそうです

梅の咲く季節は、ヤマアカガエルの繁殖期です。河川敷の水たまりに、新鮮な卵塊(らんかい)がありました。卵を包むゼリーが透明で形も整っているので、この数日以内に産卵したようです。

ヤマアカガエルの卵塊

エナガが枝にとまって、何かに狙いを定めていました。

エナガの目線の先には・・

食べ物を狙っていたわけではなく、枝についている蛾の繭(まゆ)を引っぱっていました。繊維を取り出して、コケ類などの植物素材と絡み合わせて巣材にするのです。

小さな体をめいっぱい使って繭から繊維を引っ張っています

つまり、エナガはもうすでに巣を作り始めているということですね。不思議なことに、博物館周辺の樹林ではまだ10羽前後の群れで行動し、巣作りは始まっていない様子です。これは毎年同様の傾向で、河原の方が、半月くらい繁殖期が早いようです。
上空ではノスリが旋回していました。

ノスリ

そろそろ移動を始める冬鳥もいて、河原は再び慌ただしい季節を迎えようとしています。

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考古企画展の展示資料から(その1)

当館特別展示室では、1月29日(土)~3月13日(日)の期間、考古企画展「古代相模原台地の開発」を開催しています。

今回の展示では、古墳時代から平安時代にかけて行われた市内相模原台地の開発や人々の生活をテーマに、当時の村から出土した土器や農具などの生活用品のほか、仏教など信仰に関連した遺物などを展示しています。

では、展示品の中から、特に注目していただきたい資料をご紹介したいと思います。

今回紹介する資料が展示されているコーナー

今回、ご紹介するのは、Ⅱテーマ「集落と道」で展示している新戸釣瓶下(しんどつるべした)遺跡の畿内産土師器(きないさんはじき)です。

畿内産土師器

新戸釣瓶下遺跡は南区新戸に所在し、古墳時代と奈良時代の住居跡が発見されています。畿内産土師器は古墳時代の住居跡から出土しました。土師器とは、弥生土器からの系譜上にある素焼きの土器で、古墳時代から平安時代にかけて使用されたものです。用途に応じて様々な形がありますが、今回ご紹介するのは坏(つき)と呼ばれる食器です。

畿内産とされていることからわかるとおり、この土師器坏は畿内地方で生産されたもので、飛鳥地方にあった宮都でも使用されていたものです。年代的には7世紀後葉頃と考えられます。相模地方では古墳の副葬品として用いられる例があるため、貴重な威信材(いしんざい)として扱われていた可能性があります。なお、市内では唯一の出土例となります。

畿内産土師器の暗文

土器の内面には暗文(あんもん)と呼ばれる放射状と螺旋(らせん)状の文様が描かれています。焼成前の生乾きの土器表面に、ヘラを擦って付けた文様で、文様部分は光沢を帯びています。

このような貴重な土器が出土した理由ははっきりしませんが、一つには有力豪族の存在が考えられます。また、時代は下りますが、遺跡に近い座間市域には、奈良時代に東海道の駅家(うまや ※馬が置かれた中継地)である「夷参(いさま)駅」が置かれたとされる説があります。このことから、古墳時代当時から遺跡の近くに重要な交通路が通っていた可能性が考えられ、そうした道の存在が、遠隔地の貴重な土器をもたらした要因になっているのかもしれません。

新戸釣瓶下遺跡の位置

ぜひ、都の薫りがするこの土器を展示室でご覧になってください。

なお、ギャラリートークを2月27日(日)、3月13日(日)に開催します。いずれも午後2時から30分程度です。こちらもお気軽にご参加ください。

 

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「さがみはら縄文遺跡マップ」のご紹介

博物館ホームページで、2月12日から「さがみはら縄文遺跡マップ」を公開しました。このマップは昨年10月から11月にかけて、市教育委員会生涯学習部の連携イベントとして開催した「世界遺産じゃないけど相模原にもある縄文遺跡群」で配布したものです。

さがみはら縄文遺跡マップ(表紙・施設紹介)

さがみはら縄文遺跡マップ(マップ)

市内の主な縄文遺跡24遺跡の場所とその特徴を紹介するマップで、国指定史跡や図書館、博物館の場所なども載っています。

イベントはすでに終了していますが、縄文時代についてもっと学びたいという方々のために、この度、ホームページ上で公開させていただきました。

ダウンロードはこちらからのページから可能です。

どうぞ、縄文時代、考古学の学習にお役立て下さい。

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シリーズ「相模原ふるさといろはかるた」でみる名所紹介㊸ ㋽映画の博物館 相模原に国立の映画フィルム保管庫が!?

㋽映画の博物館 国立映画アーカイブ 相模原(えいがのはくぶつかん こくりつえいがあーかいぶ さがみはら)

㋽国立アーカイブ相模原分館

相模原に国立の映画フィルム保管庫があったなんてご存じでしょうか?

それも博物館のお隣りでJAXAのお向かいにあるのです。

ちょっと周辺に行ってみましょう。

博物館南側道路の道沿いにあります。右手が国立映画アーカイブ、左手がJAXAです。

国立映画アーカイブ 相模原分館

入口に寄ってみました。

国立映画アーカイブ分館とは?

1986(昭和61)年、在日米軍キャンプ淵野辺跡地に日本で最初の美術館である東京国立近代美術館の「フィルムセンター相模原分館」として建築されました。歴史的、資料的に優れた映画フィルムの収集、保存、復元を主な業務としている日本で唯一の国立映画専門機関です。

一般公開はされていませんが、過去には市内に関連する行事にご協力いただいたり、一般公開や映画の上映会をするなど、地域と連携する事業も行っています。

今回の機会に、国立映画アーカイブ(旧 フィルムセンター)について、素朴な疑問を公式ホームページから調べてみたので3つご紹介します。

①なぜ相模原にあるの?

フィルム保存施設用地の候補地としてキャンプ淵野辺返還国有地(※)の一部、15,000㎡の使用が国有財産中央審議会に折り込まれ、1981(昭和56)年に大蔵大臣(現在の財務大臣)に答申されました。1984年に建設予定地として大蔵省(現在の財務省)よりフィルムセンターが土地の所管替えを受けました。1986年3月13日には竣工式が行わました。

相模原分館(映画保存棟Ⅰ)の設計は芦原義信氏によるそうです。芦原氏は上野の国立科学博物館や千葉県佐倉市の国立歴史民俗博物館も設計しています。

その後、分館の保存庫の改築、資料の増加に伴い増築棟(映画保存棟Ⅱ)、重要文化財映画フィルム等を専用に保管する「映画保存棟Ⅲ」の工事が完了し、現在に至ります。2018年から独立行政法人国立美術館の6番目の館「国立アーカイブ」として設立しました。

※キャンプ淵野辺跡地については、シリーズ「相模原ふるさといろはかるた」でみる名所紹介㉑銀河アリーナで詳しく説明していますのでご参照ください。

正面から見えるのは映画保存棟Ⅰ 芦原義信氏設計だそうです。

②どんな仕事をしているの?フィルムはどのくらいあるの?

映画フィルムや映画関連資料を、24時間空調システムによる管理のもと、適切な温湿度環境で安全に保護し、映画フィルムの検査やデータの採取、出入庫作業等を行っているそうです(映画フィルムは、専用保存庫で温度2~10度、相対湿度35~40%の環境下で管理)。

相模原分館に保存されている所蔵フィルムの数は、82,946本(2020年2月末時点)だそうです!8万本も収蔵されているのですね。

③映画の重要文化財があるってほんと?

国立映画アーカイブは、日本で初めて重要文化財に指定された映画フィルム『紅葉狩』をはじめ、ネガフィルム3点とポジフィルム1点の計4点、重要文化財指定フィルムを所蔵しています。1899(明治32)年に撮影された『紅葉狩』は現在最古の日本映画だそうです。

また、これらのフィルムは可燃性のため、消防法で定められた危険物に指定されています。よって、専用の保管庫で永く安全に保管しているそうです。

 

さいごに・・・

みなさんも記念の写真を残す際、デジタルカメラや携帯のカメラを使うことが日常的になってきていると思います。近年、デジタル技術が浸透してフィルムでの撮影することは少なくなってきています。

けれど、フィルムは適正な温度と湿度の環境下であれば、数百年安定的に保存できることが、実験によって明らかになっているそうです。映画フィルムという文化財を今後も守り、次世代に継承する機関として活動されています。博物館とも通ずる施設ですね。

国立映画アーカイブ京橋本館では、一般の方へ上映会や展覧会、講演会を随時行っているそうです。よかったら足を運んで、映画の文化財にも触れてみてください。

*このかるたは当館のボランティア「市民学芸員」が2017年に制作したものです。
*このかるたは相模原市立博物館の開館日に閲覧・貸出し可能です。(貸出しは要予約)
*貸出し詳細やかるたに関心のある方は、博物館までご連絡下さい(042-750-8030)。
*貸出し使用時には感染症予防のため、事前・事後の手洗い・消毒を必ず行って下さい。

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雪の翌日の探鳥会

2月11日、自然環境観察員制度野鳥部会のみなさんと、野鳥観察会(探鳥会)を行いました。場所は、南区の県立相模原公園と、横浜市水道局相模原沈殿池です。前日は一日中雪が降っていましたが、この日は朝から気持ちよく晴れました。こんな日は、絶好の探鳥日よりです。その理由は、鳥たちが食べ物探しに懸命な様子を間近で見られるからです。歩き始めてすぐ、公園の植込みからアオジが出てきました。

アオジ

この鳥はふつう、藪の中に潜んでいることが多く、薄暗い草むらなどにしか出てきません。こんな開けた場所に出てきたのも、前日の雪が影響しているのでしょうか。そして、前半の主役はこちら、ヤマガラです。

ヤマガラ

もともと人間をあまり警戒しない鳥ですが、あちらこちらで目の前まで出てきてくれました。
こちらはシロハラです。先頭近くを歩いていた小学生と中学生の姉妹がいち早く発見してくれました。

シロハラ

公園内ではあちらこちらにメジロやシジュウカラ、ヤマガラなどの小鳥が間近にいて、しかもいつまでも移動せずにいるので、こちらもなかなか先へ進めません。

数メートル先に野鳥たちがいます!

しかし、水鳥も観察したかったので、いったん公園を出て沈殿池へ進みます。

沈殿池でじっくり探鳥

すると、ちょっとしたサプライズが!オシドリが待っていてくれたのです。

オシドリ

あまりの美しい羽色にため息がもれました。オシドリは、毎年沈殿池で見られるカモ類の一種ですが、いつもいるわけではなく、また、年によってたくさんいたり、いなかったり・・今シーズンは沈殿池ではまだ見ていなかったので、とてもラッキーでした。
近くの水面にはオカヨシガモやコガモがいました。オカヨシガモは一見するとグレーの地味なカモですが、よく見るとオスの背中にはササの葉のような形のとても美しい羽(肩羽など)があり、渋い美しさがあります。

オカヨシガモ オスは肩羽の形がとても美しい

水鳥を堪能した後公園に戻り、観察した鳥をまとめました。まず、今回一番印象に残った鳥を頭に思い浮かべてもらい、その特徴を一言ずつヒントにして連想ゲームをやってもらいました。すると、印象に残った鳥がそもそも人によって違うことや、同じ鳥を見ていても、注目した部分が微妙に異なることがわかりました。そんなゲームをやりながら、全員でその鳥の特徴を再確認します。
お昼までの半日で、30種近くの野鳥を観察できました。でも、種類数よりも、野鳥たちとの距離の近さを感じられる探鳥会となりました。

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「写真で見る相模原~昭和・平成の生活と民俗~」(No91 二つの削りかけ)

前回は、津久井地域で正月14日頃の小正月(こしょうがつ)に作られていたいくつかのものを紹介しました。そのなかには「削りかけ(けずりかけ)」があり、次の写真は緑区佐野川地区での製作で前回も紹介しました。                   

 

ところが、神奈川県内では、同じく削りかけと呼ばれる、ニワトコなどの木の表皮を削り取って、中の白い幹の部分を薄く削って花のようにした削りかけがあり、実はこちらの削りかけの方が一般的でした。

下の一・二枚目は、厚木市妻田(昭和63年[1988]12月12日撮影)、三・四枚目は秦野市上今川町(平成12年[2000]4月9日)で、いずれも地元の方にお願いして作っていただき、完成したものを博物館で保管しています。                                  

 

県内では県央部から県西部を中心とする広い地域で削りかけを作り、神棚などにお供えしたり、正月15日朝の小豆粥(あずきがゆ)を削りかけでかき混ぜることが行われました。

次の写真は、文化財記録映画「続・相模原の年中行事」撮影の際のもので、南区磯部でにわとこの木の先端を三つにさいて団子をはさみ、小豆粥をかき混ぜているところです(平成元年[1989]1月)。ただし、この木のことは削りかけとは呼んでいません。                  

 

関連して、妻田では正月15日に削りかけの上部を十字に割って団子をはさみ、水田の苗代(なえしろ)に水田の作業が始まる5月まで置き、磯部でも、にわとこの木に幣束(へいそく)を差し込んで、田に差すことがありました。

このように見てくると、にわとこで花のようにした削りかけが相模原で作られたかは不明なものの、あるいは磯部地区でも、かつては削りかけで小豆粥をかき混ぜたり、田に置いたりしたことや、削りかけを製作する地域の東寄りに位置したことも考えられます。

以上のような点を踏まえて、博物館では関連するさまざまな資料を調査し、写真撮影も行ってきました。前回でも触れましたが、今後とも、周辺地域を含めた中での相模原の特徴について捉えていきたいと思います。

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博物館協議会を開催しました

2月8日午後、相模原市立博物館協議会を開催しました。
博物館協議会とは、博物館の運営に関して館長の諮問(しもん)に応ずるとともに、博物館の活動やその方針に対して意見を述べる機関として、博物館法及び相模原市立博物館条例により設置が定められています。10名の委員で構成され、2年の任期となっています。
今回は、その第14期の第1回、つまり、改選された委員の初顔合わせとなる協議会でした。

協議会の様子

学校や研究機関、市民の団体などさまざまな立場の委員から、忌憚のないご意見をいただきました。
そして議事の終了後、博物館の運営について知っていただくために、バックヤードの中のコントロール室(空調などの監視を行っている部屋)を視察していただきました。

コントロール室の視察

さらに、現在開催中の考古企画展も担当学芸員の解説付きで視察していただきました。委員のみなさんも興味津々の様子で、時間を少しオーバーしての視察となりました。

考古企画展を視察

今後、博物館法の改正が予定されるなど、博物館をとりまく状況も変化していきます。そうした中でも地域の博物館としてのあり方や、地域との連携をどのように進めていくかなど、協議会から意見をいただきながら方針を定めていきたいと考えています。

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