「特別公開 相州津久井城図」を開催中!

現在、当館では「特別公開 相州津久井城図」を開催中です。

津久井城は市内緑区にある戦国時代の山城で、小田原北条氏の支城として、甲斐武田氏との境目に位置する重要な拠点でした。
この津久井城図には、堀(ほり)や土塁(どるい)などで区画された曲輪(くるわ)の配置、名称、大きさ、また周辺の河川名、地名などが細かく記されています。

津久井城図

また、「立ホリ」(竪堀(たてぼり)、「ホリ切」(堀切(ほりきり))など城の防御施設の遺構も描かれています。特に、津久井城の特徴の一つである山城の斜面に上下方向に設けられた「立ホリ」が強調的に記されています。

曲輪や立ホリなどの遺構が詳細に描かれている

さらに、今回は山城をイメージしやすくできるよう、㈱学研パブリッシングに承諾をいただき、同社刊行『歴史群像』127号(初出:2014年10月号)掲載の「津久井城の想定イラスト」(監修:西股総生氏、イラストレーション:香川元太郎氏)も展示しました。津久井城図と想定イラストをご覧いただくと、よりリアルに典型的な山城 津久井城を実感していただけると思います。

津久井城図の奥に多くの城郭イラストを手がける香川元太郎氏のイラストを展示

今回は、常設展示の自然・歴史展示室の戦国時代のコーナーを展示替えしました。そのため、展示作業は閉館後に行いました。

閉館後の作業風景
(バイトさんによる現場合わせでのパネルの微修正)

また、展示場所のわきには令和2年3月から5月に開催予定だったものの中止になってしまった「真・津久井城展」の展示解説書も持ち帰りできるよう配架しております。

「真・津久井城展」展示解説書もご自由にどうぞ

展示期間は、9/22までです。残念ながら、新型コロナウィルス感染拡大予防のため展示解説はできませんが、ぜひこの特別公開をご覧いただき、戦国ロマンを感じていただけるとと幸いです。

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美しいけど・・ひっつきむし

博物館周辺では今、こんな花が咲いています。とても小さくて大きさは5ミリメートルほどですが、美しい花です。

ヌスビトハギの花

これは、ヌスビトハギの花です。形も色も、ハギと名に付くのがよくわかります。林内の薄暗いところに静かに咲く姿は、小さな灯火(ともしび)のようです。
ただし、この花は風流なだけでは済みません。よく見ると、花が終わりかけの株にはこんなものが付いています。

緑色の半円形の部分が若い果実

実り始めの果実です。これが秋になって実ると、ちょっと触っただけでもポロリとはずれ、しかも、衣服などにぴったりとくっつきます。動物の毛などにひっついて種子を散布する動物散布型の植物、いわゆる「ひっつきむし」の一つです。考えてみると、種名も「盗人萩(ぬすびとはぎ)」とはちょっと物騒ですね。名の由来は、人が気付かぬうちに取りついているからなど、諸説あります。

実った果実

微細なため肉眼で見えませんが、表面に鈎(かぎ)状の細かい毛がびっしりと生えていて、それがマジックテープのような作用でくっつきます。肉眼で見えるほどの大きな刺でひっかかるようにつくものなどと違い、面でひっついているため、ちょっと手で払ったくらいでは取れません。洗濯をしてもなおひっついていることがあるくらいです。
粘着性の液でひっつくものに比べるとまだ良いかもしれませんが、やっかいなひっつきむしです。花の可憐さに惑わされてはいけませんね。

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ヤブランが見ごろです

博物館の前庭では今、ヤブランが淡い紫色の花をたくさん咲かせています。

博物館前庭のヤブラン

ヤブランは、「ラン」と名前に付きますが、ラン科ではありません。
最近の図鑑では、キジカクシ科というちょっと耳慣れないグループに属します。かつてはユリ科でひとくくりだったものが、進化の過程に沿って系統分類を見直した結果そうなりました。キジカクシという種名よりも、学名のアスパラガスの方が馴染みがあるかもしれません。
いずれにしても、ヤブランは今、ランでもユリでもなくなったわけです。でも、ユリとの共通点はちゃんとあって、それは花びら(正確には花被片=かひへん)の数です。

6枚の花びらで構成されるヤブランの花

6枚に見えますが、よく見ると、内側に3枚、外側に3枚あります。
今、街路や幹線道路の路肩などで激増している外来植物のシンテッポウユリをよく見かけるので、比べてみて下さい。内側の3枚を外側の3枚の花被片が包み込むようにしてラッパ状の花を作っています。

シンテッポウユリ やはり内側に3枚、外側に3枚の花弁

ラッパ状でわかりにくいかと思いきや、かえって内側外側の区別がよくわかります。シンテッポウユリは放っておくとどんどん増えてしまうので、花を摘み取って解剖してみてもよいでしょう。
さて、ヤブランは小さな6枚の花被片が、放射状に広がっています。このような花の形はランにはありません。おそらく、穂状に小さな花が並ぶ様子からランとついたのでしょう。
ミツバチやクマバチが花を訪れては体に花粉をたくさんつけていました。

ヤブランの花にとりつくミツバチ

秋には黒紫色の果実がたくさん実りそうです。

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クワコの擬態

博物館のクワの木にクワコがいると、守衛さんが教えてくれました。
クワコは、カイコに最も近い仲間とされる野生の蛾です。幼虫も成虫も形がよく似ていて、何千年か昔、クワコの祖先を人間が飼育し始めて、改良を重ねてカイコになったのではないかと推定されています。

クワコの4齢幼虫(8月8日)

クワコの幼虫は、小さいうちはアゲハなどと同じように、小鳥のフンに擬態します。上の写真は先週8月8日に撮影したものです。すでに4齢になり、小鳥のフンというには少々大きくなっていますが、1齢から3齢までは、葉の上にいると、大きさも模様も本当に鳥のフンに見える見事な擬態です。
そして8月14日、クワコは5齢になっていました。

クワコの5齢幼虫

この大きさになるとさすがに小鳥のフンには見えないので、今度は枝に擬態しています。ちょっと枝の方が細くて擬態は不十分ですが、模様の似せ方は見事です。
そして、こんな風に頭を上に伸ばしてまっすぐになり、クワの枝になりすましているクワコですが・・

枝になりすましているクワコの幼虫

頭を少しつついたりすると、頭を下げて眼状紋(がんじょうもん)を見せます。

頭を下げて眼状紋を目立たせる

おお!怖い顔!
目玉模様で外敵を驚かすのも、昆虫や鳥などの擬態にはよくあるパターンです。しかし、人間から見るとちょっとかわいくも見えてしまいますね。これが外敵(特に鳥)に、どれほどの効果があるのかわかりません。でも、このように進化してきたからには、それなりの効果があるのでしょう。そしてカイコに残る眼状紋も、野生だったときの遺伝子の名残なのですね。
さて、同じ木には、すでに繭もありました。葉を丸めてその中に作られています。

葉を丸めた中に作られたクワコの繭

2週間ほどすると成虫が出てくるはずです。もしタイミング良く見つけられたら紹介したいと思います。

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探してみよう!博物館のクモ

博物館の敷地にこんなクモがいます。

コガタコガネグモ

名前はコガタコガネグモ。
住宅地などにもいますが、茶色と黄色の縞模様がきれいなクモです。
まだ見たことがない人は、今なら博物館の前で見られます。
場所のヒントは駐輪場の近く。
何日間かはここにいると思うので、ご来館の際にはぜひ。
ただしお留守の事もありますので、あしからず。

お留守の時。白い帯があるのでわかります。

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夏の夕立の後は、虹

猛暑が続いています。
でも今日(8月12日)は、気圧の谷の影響でお昼頃から風が強くなり、積乱雲の発達が見込まれました。
そして、午後になると雷鳴がとどろき、土砂降りに。視界が遮られるほどの雨でしたが、午後3時45分頃に空が明るくなり、雨脚が弱まりました。
この時間、こんなお天気の時は、虹が出ます。博物館の屋上へ上がると・・

博物館の天体観測室の上に出た虹

天体観測室を覆うように低めの虹が出ていました。
虹は、必ず見ている人(自分)の真後ろに太陽が来る方向の正面に出ます。太陽を背にして、前方に降る雨がプリズムの作用をしているのです。ということは、ある人が見ている虹は、その人だけのもの、とも言えますね。見ている人が動けば、虹も動きます。上の写真を撮影した位置からほんの少し場所を変えても、ちょっと違った位置に見えます。

数十メートル動いただけで違う位置に見えます

虹は、太陽と自分を結ぶ線の延長上から42度の高さに出るため、太陽の位置が低ければ大きく、高ければ小さくなります。8月の午後4時前の太陽はまだ十分に高いので、小さめの虹になりました。
そして今日の虹には、副虹(ふくにじ、またはふくこう)も出ていました。副虹は主虹(しゅにじ、またはしゅこう)と比べて薄いので、拡大して少し画像を調整しました。

主虹の上に薄く副虹が見えます

虹の色の順番は決まっていて、主虹は一番外側(上)が赤で内側(下)が紫になりますが、副虹は逆で、一番内側が赤です。
虹は刻々と濃さを変えながら、雨が遠ざかるのと同時に消えていきました。その美しさは、はかなさと同調していっそう際立つものと言えるでしょう。

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ミニチュアのツボのようにも玉ねぎ型のようにも見えるクモの卵のう

ちょっとツボのようにも、玉ねぎ型のようにも見える卵のう(直径5mmほど)

ちょっと長いタイトルになりましたが、写真は、コクサグモの網につけられたシロカネイソウロウグモの卵のうです。

手前に写っているのがコクサグモ 奥にシロカネイソウロウグモの卵のうが見えます

クモそのものは、近くのジョロウグモの網にいました。

ジョロウグモの網にとりついたシロカネイソウロウグモ

宿主の網についた餌を盗み取って暮らしているクモですが、時々複数個体が同じ餌にとりついている事もあります。

同じ餌にとりつくシロカネイソウロウグモ

右側の個体が餌を放してしまいました。

片方が餌を放してしまいました

ジョロウグモの網の捕獲面から離れた位置に命綱をつけてあるので、脚を放すと、自動的に網の面から離れるようになっています。無防備に宿主の網を歩き回っているわけではなく、ちゃんと逃亡手段が用意してあるのですね。

ところで、この時期、ほかにも似たような卵のうを見かけます。

チリイソウロウグモの卵のう

これはヒメグモ(ニホンヒメグモ)の網で見つけました。チリイソウログモです。やはり宿主の網から餌を盗む習性があります。卵のうの形もどことなく似ていますね。

卵のうの下にいるのがチリイソウロウグモです

分類も習性も近い仲間が、卵のうも似た形をしているというのはちょっと面白いです。

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「写真で見る相模原~昭和・平成の生活と民俗~」(No.21・盆行事②・盆棚)

前回、博物館では盆行事に関するたくさんの写真を保管していると記しました。今回はその中でも比較的古い時期に撮影された、盆棚を中心とした写真を紹介します。

 お盆では、家に帰ってくるご先祖様を祀るために、いつも位牌や故人の写真などを置いておく仏壇とは別に、盆棚と呼ばれる臨時の棚を迎え火の当日や前日に作り、送り火を焚いて先祖が帰るとすぐに片付けます。

 下の写真は、昭和61年(1986)8月・南区磯部の旧家の盆棚で、当家では普段、使用している机に新しいゴザを敷き、そこに位牌や果物などをお供えし、手前にはナスの馬などがあります。そして、仏壇を見ると、位牌はすべて盆棚に出されているため、空になっています。

 次は昭和62年(1987)8月・南区当麻で、ここでは床の間の空間を利用して盆棚を作っています。盆棚には、前側あるいは四方に竹を立てて竹や縄を渡し、ホウヅキや畑で穫れたものなどを吊り下げますが、ここではトウモロコシが下げられています。
 棚の上には、位牌や線香などのほかに、里芋の葉の上に米と刻んだナスを載せた「アライアゲ」と言われるものと、ミソハギ(盆に仏前に供える植物)の葉があります。前の磯部の写真でナスの馬の隣りにあったのも同じもので、盆棚へお参りする際には、水に付けたミソハギをアライアゲに振りかけて線香を灯します。

 同じく昭和62年(1987)8月・南区下溝で撮影した次の盆棚は、机ではなく大きな樽を使っています。かつては72リットルも入る四斗樽の上に、雨戸に使う戸板を置いたり、蚕に桑を与える時に用いる給桑台(キュウソウダイ)に戸板を載せて盆棚としました。
 また、この写真では棚の下にもお椀が置いてあるのが分かります。盆には先祖のほかに、亡くなった子どもや他では祀られない無縁の仏も祀り、ここに盆棚と同じものをお供えします。ただ、この家では、棚の下のお膳には箸はつけないとのことです。

最後は緑区相原で、前回記したように、相原地区は7月盆ですので昭和60年(1985)7月の撮影です。盆棚の正面に掛け軸があるほか、盆提灯がたくさん置かれています。実はこのお宅は、前年の盆から今年の盆までの間に亡くなった方があった新盆の家で、そのため軒先には盆提灯として用いられる岐阜提灯を吊り下げています。新盆の家には、特に親戚や近所の人がお参りに来ました。

 
 今回は、盆行事でよく見かけた盆棚の写真を紹介してきました。次回は、市内でも行う地区に地域差がある「砂盛り」を取り上げたいと思います。

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「写真で見る相模原~昭和・平成の生活と民俗~」(No.20・盆行事)

夏の暑い時期に各地でオテンノウサマ(天王祭)が行われるのに対して、夏場に各家で行われる代表的な年中行事の一つがお盆です。盆は正月と並んで行事も多く、市域でも特に旧家では盛んに行われていて、博物館でも多くの盆の写真を保管しています。

 ちなみに市内では多くの地区で8月の盆ですが、緑区相原や橋本をはじめ、津久井地域でも7月に盆を行う地区があります。相原では、第二次世界大戦後に何か新しいことをしようということで、行事日を統一して7月盆を採用したとの話も残っています。

 盆には普段、位牌を置いてある仏壇とは別に盆棚を作り、盆の期間はそこに位牌を移し、掛け軸を下げたりして飾ります。また、13日には迎え火を焚いて先祖の霊を盆棚にお迎えし、盆の間はさまざまな供え物をしてもてなして、16日(家により15日)に送り火で先祖を送ります。今回紹介するのは、昭和60年(1985)8月13日と16日に中央区上矢部の旧家で撮影させていただいた、盆の迎え火と迎え火の様子です。

 最初の写真は、盆棚に用いるものを作っているところです。盆棚を作るには新しい竹や縄、チガヤなど、いろいろなものが必要でした。盆棚には季節の野菜や果物などもお供えし、写真にはスイカやブドウが見えます。また、先祖の霊が乗るキュウリやナスの馬(牛ということもあります)も用意し、ナス・キュウリの後ろにトマトやトウモロコシもあるのが分かります。
この職員ブログのシリーズNo.18で取り上げた酒まんじゅうなども供えられ、酒まんじゅうは盆や祭りなどには欠かせないもので、自分の家で食べたり親戚に配ったりしました。

 次の写真は13日夕方の迎え火です。撮影させていただいた家では、屋敷と地続きの墓地で迎え火をして先祖をお迎えし、さらに屋敷の入り口でも火を焚いて家の中に入り、迎え火の火を盆棚に移します。この後、写真にはありませんが家族が盆棚を拝み、線香を上げます。

 16日の送り火は、ご先祖がやって来る迎え火は早くというのに対し、帰られる送り火は遅くということで暗くなってから焚くこともあり、当家ではこの日の晩に行われました。少し写真が暗いですが、送るに際して盆棚を片付けています。そして、迎え火とは反対に、まず家の入口、次に墓場に行って送り火を焚いて盆は終了となりました。

 今回は一軒の家での盆の写真を取り上げてきましたが、前述のように他にも多くの盆に関する写真があり、次回以降も何回かに分けて、これらの写真を紹介していきたいと思います。

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人吉植物標本レスキュー 洗浄作業と取材対応

8月8日、水害で被災した人吉城歴史館の植物標本レスキュー作業を実施しました。作業も今回で3回目となり、作業にあたる相模原植物調査会のみなさんの役割分担や手順の確認も慣れてきて、だいぶ効率的に進んでいます。

水で洗浄中

今回も激しく泥をかぶり、カビの増殖が進んでいるものがありました。水で洗浄、エタノールで消毒をします。

標本台紙と標本を分離する作業は緊張します

台紙には色とりどりのカビが発生しているので、エタノールを噴霧して慎重に取り除きます。

カビが発生した標本台紙

今回作業した標本は1919年の採集品もありました。なんと101年前!標本を挟んでいる新聞紙も時代を感じさせます。

大正時代の新聞紙!

そして、今日は報道機関の取材も受けました。日頃の植物調査や標本作製のスキルと、東日本大震災の時の、陸前高田市立博物館の標本レスキューの経験が生きていることなどを紹介しました。

TVと新聞社、タウン誌の取材を受けました

標本レスキューは時間との勝負なので、慌てず確実に進めていきたいと思います。

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